セントラルパーク




よくセントラルパークは都会の中の広大な公園だ、と聞かされますが、 間違いではないにしても、都心そのものではありません。 都心の北側の郊外です。 確かにミッドタウンノース(最も都心部の一つ)に接してはいますが、 周囲の大部分は郊外と呼べるような住宅地です。

セントラルパークは、1850年代に用地取得して着工されました。 1811年のニューヨーク計画により、この辺りも道路のグリッドだけは線引きされていましたが、 当時は未だこの地域は正式には誰にも所有されておらず、 無断で家を建てた人が細々と生活しているだけの荒野だったようです。 市当局は1856年に550万ドルかけて用地を買収します。 その後コンペを行いデザインを決定し、20年かけて少しずつ公園を造ってゆきます。

セントラルパークに入って、一つ興味深いものに出会いました。 それは、非常に大きな岩が地面から露出しているのを見ることができたのです。 これはどういう事でしょうか。 自然のままだった時代のマンハッタンというのは、地面から巨大な岩が露出する荒れ地だったという事です。 岩もいっぱいあるし地面は起伏していたのです。


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ものの本によればマンハッタンの到るところに片岩(schist)が露出していて、 それを爆破して排除しながらマンハッタンの開発は進んだそうです。 地学的に言いますと、この岩は氷河時代にニューヨークまで氷河が覆っていて、 氷河が運んできた岩が、氷河が溶けた後残ったものだそうです。 氷河が削り取った平坦な地面の上に、大きな岩が唐突に置かれているのはそのせいだそうです。

そんな場所に対して、1811年に計画上の線引きだけしたのでした。 その後、南からじわりじわりと開発を続け、岩を砕いて捨てて、土地をならして建物を建てて、 そして今の平坦としか思えないマンハッタンが出来たのです。 ふぅん、そうかぁ、てな感じです。 ちなみにダイナマイトの発明は1888年だから、 それ以前は黒色火薬か何かで岩を爆破していたのでしょう。

さて、私が行った公園の南側では、だいたい何処にいても回りの(特に南と東側の)ビルが良く見えて、 いかにも都会にいるという感じがしました。で、公園内の道は曲がりくねっています。 大きい道路も小さいのもみんなくねくねしてて、それが何と言うか、心地よいのです。 公園の外の道路がグリッドで四角四面だから、ここだけ曲線があって対比的にうまく出来ている気がするのです。


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公園のデザインを決定するとき、フランス式ではなくイギリス式を選択したのだと言われています。 フランス式の、軸線があって幾何学的に整然とした公園だったら、それはそれで立派になったでしょうが、 グリッドの延長みたいで何かつまらなさが残った気がします。 やわらかな曲線で囲まれて、いかにもさりげなく土地なりに作ったこの構成は、 自然な感じがして好感が持てます。

しかし、いま「土地なりに作った」と書きましたが、じつはそれは大ウソなのです。 最初に書きましたように、この公園の造成には20年かかっています。 公園の設計者の意図通りに、大地の起伏を作り直しているのです。 そう考えると、もっと人工的に見えていてもおかしくなかった筈ですね。 そうなってないという事は、設計者の意図はまさに「自然に見えるように作る」事だったのです。

原案はカルヴァート・ヴォークスともう一人の人によるもので、ピクチュアレスクを基調としたものでした。 「自然に見えるように」大々的に造成工事したというのは、何だか変な感じではありますが、 それは、いかにもピクチュアレスクらしいやり方と言えます。 勿論、きれいな湖も欲しいし小高い所も欲しいし、林は要るが汚い沼は要らないわけで、 造成は必要不可欠だったわけですけれど、とにかく結果として理想の自然に見える状態を作りたくて、 その為に裏で大々的な努力をして作るのが、ピクチュアレスクらしいところだと思います。

で、しかし、結果としてそんな「理想の自然」が見えてくるような公園かというと、 そんな感じではありません。 何と言うか、さりげないと言うか、全然主張がないって感じです。 自然体で、最初からあるがままこうなってる、 みたいな感じをよく出しているのがセントラルパークの特徴ではないかと思います。







[参考]
  • 「ニューヨーク摩天楼都市の建築を巡る」小林克弘著、丸善
  • "AIA GUIDE TO NEW YORK CITY", Three Rivers Press, 2000


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