ホーワウトビル
Haughwout Building (1858)
by ジョン・ゲイナー (John Gaynor)


カーストアイアン(鋳鉄)による建築様式。19c中頃に英から伝わる。1850-80頃に代表的ビルあり
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ホーワウトビルの名前を挙げたが、 ここではもっと一般的にソーホーにおけるカーストアイアンビルについて紹介したい。 カーストアイアンとは鋳鉄の事である。 このビルの形式は19c中頃に英国から伝わり、 1850-80頃に、百貨店などの倉庫街だったここソーホーに多くの遺構を残す。 石造より安価で組立ても簡単、維持費も安いが火災には弱かった。 厚い壁が不要になり換気・採光にすぐれ、室内空間を改善した。 しかし火災の問題がある為、それ以後は姿を消した。 ホーワウトビルはその代表作の一つである。

ちなみに、ここで御注意申し上げておくが、「鉄は火災に強い」というのは素人の俗信である。 被覆されていない剥き出しの鉄は、火災で温度が上昇しやすく、すぐに柔らかく曲がってしまう。 一般の「常識」に反して、太い木造の柱の方が剥き出しの鉄柱より火に強い (太い木は火災に遭うと表面に被覆が出来てなかなか温度が上昇しない)。 とにかくそういう訳で、鉄に被覆を施していないカーストアイアンビルは火災に弱いのである。

ソーホーのキャナルストリート側は、ゴミゴミしていて、 商店・画廊の多いソーホーのイメージとは遠いものであった(写真1)。 ここに、カーストアイアンビルが建ち並んでいる。 写真1の、画面中央から左にかけて、白くペンキを塗ったように見えるビルがそうだ。 カーストアイアンビルを見た最初の印象は、 「何でこうまでオーダーを立てまくるんだ?」というものであった。

鉄で古代ローマのオーダー(丸柱)を真似して、しかもペンキがゴテゴテに塗りたくってある。 錆びない為にペンキが必要なんだろう。 オーダーは構造(柱)としても使っていて、きっと構造上も都合いいんだろう。 でも何かヘンと言うか、ゴテゴテとこれ見よがしに柱ばかり立っていて趣味が悪い。 ペンキを塗らないと成立しないファサードなんて、どう思います?。 取材に行った私の美学には反していた。 とにかくやり方が安っぽい(写真2を参照。地面に近いところはペンキが剥げやすいから泣き所だ)。

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しかし、そんな中でも、28-30Greene St.のものは、 オーダーが分節されスラブや窓のアーチのディテールが効いていて、 現場で見ると鉄の構成物である事を感じさせない雰囲気があった(写真3)。 469-475Broome St.のものは一番気に入ったやつで、 伸びやかなフレンチルネサンスを連想させるような整って優雅なものごしがあった(写真4)。 72-76Green St.のものも構成が巧みに感じた(写真5,6)。

488-492Broadwayにあるのがホーワーウトビルで、 これは何かかわいらしいデパートのようなものに見えた(見出し、写真7)。 ヴェネツィア風住宅を模したと言われている。 また世界初の実用エレベーターを装備したビルとしても有名である。 427-429Broadwayのものも、美しくまとめられたビルであった(写真8)。 ちなみにカーストアイアンビルというと屋外階段を伴うものも多くあったのだが、 特に写真は撮って来なかった。

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しかしどうもカーストアイアンビルは持ち上げすぎない方が良いように思える。 私の参照した旅行ガイドブックには、 「華麗さと威厳を兼ね備えた、王妃のような・・」「驚くほど気品が・・」 「パルティノンを思わせ、崇高さ・・」などと、 一体何についての話なのか信じられない様な形容の仕方であった。 いくら作りに手が込んでいるとは言え、所詮ペンキビルである。 その点が私としては一番気にくわない。

良く出来たものはそれなりでも、それ以外のものは趣味悪にしか見えない (写真3−8は良く出来たものばかりである)。 説明するなら王妃もパルティノンも要らないから 「・・こういう建築が作られたことがありました。ソーホーに沢山残っています」 と書けば充分であろう。 その上で「ホーワウトビルはとってもかわいいです」と書けばどうか。 ただ、カーストアイアンビルの保存運動をしている人にしてみれば、 うんと価値があると喧伝しないと、運動の甲斐もなく取り壊されてしまうかもしれない。 上述のガイドブックの記述は、 NYで保存運動を援護射撃している建築資料をモトネタにしているのではなかろうか。 そういう事であれば納得できる。

・・・いやいや、ここらでもっと真面目に書こう。 華麗、威厳、気品、崇高、、、というのは紹介の仕方が間違っているのだ。 カーストアイアンビルは、もっと「面白い」ビルなのだ。 これが作られた当時の建築事情をよく調べたら、 こんな建て方がどうして出来たのか、興味深い話が浮かび上がる筈である。 当時の鋳鉄と錬鉄の普及度合いはこうだったとか、もと本国だった英国ではこんな鉄製の建物があったとか、 目的は倉庫だったが倉庫にも当時の美的観念からして装飾が必要だったとか、 当時のビル建築費の相場と建築費が占める割合の現代との違い、 当時のビルディングタイプおよび、 洗練されたボザール風の建物の建築家と商業ビルや倉庫の建築家の違い、 一般の人々や施主のデザイン嗜好、そして予算の違い、などなど。 こんな面白い建物はこういう背景で生じた、という詳しい解説が必ず出来る筈である。 そうして紹介してあげれば、カーストアイアンビルも浮かばれるだろうと思う。






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[参考]
  • 「ニューヨーク摩天楼都市の建築を巡る」小林克弘著、丸善
  • 地球の歩き方「ニューヨーク 1999-2000年版」


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