ダウンタウン・アスレチッククラブ
Downtown Athletic Club (1931)
by スタレット・アンド・ヴァン・ヴレック&ダンカン・ハンター
  (Starrett & Van Vleck)


見事な建築的ロボトミー。マンハッタンの過密文化から生まれた肉体改造器
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このビルは、 旧合衆国税関 (US Custom House)から僅かに北西にある、 とりわけ特徴といったものも無さそうな普通のビルである。 いや、むしろ何も変わって見えないところを見て頂きたい。 このビルは「錯乱のニューヨーク」の中で、見事な「建築的ロボトミー」の例として、 またいかにもマンハッタンらしい欲望装置として紹介されている。 その名の通りこのビルは、1階から最上階の38階までアスレチッククラブである。 下からロビー・受付、ビリヤード、ハンドボール、スカッシュ、ゴルフ、ロッカー室、 パンチングバッグ(ボクシング)、医療・マッサージ・浴場、プール、食堂、 ラウンジ・屋上庭園、ダンスフロア、そして20階から35階は寝室となっている。

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コールハースの言うところを意訳すると、 人々の意識下に眠るアイデアルな摩天楼社会マンハッタンでは、 あらゆる夢や欲望、生活が摩天楼のフロアという形で実現される。 摩天楼=オフィスというのは単に開発の口実にすぎない。 一つ一つの摩天楼は特定の活動を行う過密したフロアの集合で、 それらのブロックが互いに孤立して、その大集落としてマンハッタンは成り立っている。 コールハースはコニーアイランド、即ち過密のレクリエーション場を描き出す事からマンハッタンを語り始める。

その後も執拗にマンハッタンにおける奇抜な劇場・娯楽場であるとか、 マンハッタンに現れた新しい生活の形態 (レジデンシャルホテルとか、このアスレチッククラブなど)を引き合いに出し、 摩天楼のフロアとして実現されたマンハッタン人の欲望や新しい文化について語ってゆく。 彼はこのダウンタウン・アスレチッククラブが人工的な肉体改造器として、 いかに突出したものであるかを描き出す。

また一方別のところでコールハースは、 こうした摩天楼が全て外見的には同じに見える、 つまりビルの内容に基づく表象ではなく「摩天楼」という、 それ自身のボリュームそのものから由来する別種のシンボルになっている事を指摘する。 それは一種のロボトミー、すなわち感情と思考過程の分離のようなものを味わわせる。 彼はそれを「建築的ロボトミー」と名付ける。 このビルは、見事な建築的ロボトミーの結果を見せている。 中でアスレチックが行われているとはよもや感じさせず、他のビルと何ら変わらない風貌を見せている。

以上がコールハースのいうところの要約である。 全く何気なく通りすぎてしまいそうなこのビルを見ながら、 そうしたマンハッタン文化やビルの内側を想像する事もまた、 建物巡りの面白さの一つではなかろうか。






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[参考]
  • 「錯乱のニューヨーク」レム・コールハース著、筑摩書房


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